佐賀地方裁判所武雄支部 平成5年(ヨ)9号 決定 1993年9月01日
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別紙当事者目録記載のとおり
主文
一 債権者が債務者に対し雇用契約上の地位を有することを仮に定める。
二 債務者は、債権者に対し、金二五万円及び平成五年九月から平成六年七月まで毎月末日限り金二五万円を仮に支払え。
三 債権者のその余の申立てを却下する。
四 申立費用は債務者の負担とする。
理由
第一事案の概要
一 申立の趣旨
1 主文一と同旨
2 債務者は、債権者に対し、平成五年八月から本案判決確定に至るまで毎月末日限り金三〇万九〇〇〇円を仮に支払え。
二 争いのない事実
1 債務者は、白石町、福富町、有明町内でし尿汲取業を営む会社であり、従業員数は八人である。
2 債権者は、平成元年七月二〇日債務者に雇用され、以後し尿汲取車の運転及び搬入に従事してきた。
3 債務者は、債権者に対し、平成五年六月一八日付解雇通知書を以て、債権者が<1>事務職員に対しバキューム車に乗務することを強要した、<2>勤務中に会社の金品を紛失した、<3>許可なく職務以外の目的で会社の器具その他の物品を使用した、これらは懲戒解雇事由を定めた就業規則四六条の七号(服務規律等に違反した場合であって、その事案が重篤なとき)に該当するとして懲戒解雇する旨通知した(以下「本件解雇」という。)。
三 争点
1 本件解雇の効力
(債権者の主張)
(1) 前記解雇通知書に掲げられた解雇事由<1>は債権者が事務職員に対して言った冗談をとらえたいいがかりであり、同<2>は本件解雇の二、三年前の出来事であり、同<3>については、債権者は債務者から会社の器具を返還するように言われてすぐに返還したのであって、これらは懲戒解雇事由に当たらず、本件解雇は無効である。
(2) 債権者は、平成四年一二月二一日佐賀県労働組合白石衛生分会を結成してその分会長となり、すぐに債務者と賃上げ交渉を開始し平成五年三月賃上げを獲得し、更に、同年六月九日付けで平均五〇万円の夏期一時金の要求をした。本件解雇は、債権者が右のような組合活動をしたことを理由とするものであり、不当労働行為(労働組合法七条一号)に該当し、無効である。
(債務者の主張)
債権者は、解雇通知書に記載した以外にも、ポケットベルでの呼出しになかなか応答せず、応答しても債務者の指示に従わないことが再三あったので平成四年一〇月厳しい注意を受けたことがあり、また、平成三年五月には育児休暇と言って一か月休み、平成四年まで毎月欠勤をし、更に、汲取りを客に無断で行ったり、客の都合を軽視して自分勝手な計画で汲取りを行うので客から苦情があったほか、従業員の前で社長に対し暴言をはくなど、就業態度に問題があった。
2 保全の必要性
第二当裁判所の判断
一 本件解雇の効力について
1 本件疎明資料(<証拠略>)によれば、以下の事実を一応認めることができる。
(1) 債権者は、平成三年一〇月三日、集金した金が不足していたので不足分を弁償して始末書を提出したことがあったが、債務者に勤務するようになってから今日まで始末書を提出させられたのはこの一回だけである。
(2) 債権者は、平成四年一一月ころ、債務者所有の投光器を債務者に無断で借用していたことがあり、これに気づいた債務者の専務取締役から注意を受け、直ちに返すよう請求されてすぐに返したことがあった。
(3) 債務者では、一台のバキューム車に二人が乗務していたが、債権者だけは一人でバキューム車に乗務することになっていた。平成五年六月八日か一四日の昼休みに、債権者が採用直後の女子事務員に対し「お盆や正月は忙しくなるから一緒にバキュームカーに乗ろうか」と言ったところ、「自分の家の近くは勘弁してよ」と返答があり、周りにいた従業員の笑いを誘ったことがあった。
2 債務者は、債権者の就業態度の問題点として前記のとおり他にも主張しているが、これらを具体的に疎明する資料はない。
3 前記1の(1)、(2)の事実はいずれも本件解雇から半年以上も前の出来事であって、いずれも当時始末書の提出や口頭注意で処理された事案である。また、同(3)の事実は、従業員仲間の昼休み中の会話に過ぎず、人員配置・事務分配等の経営面についてなんら権限のない債権者の右会話をとらえて「自己の業務上の権限を超えて専断的なことを行なった」と見ることは困難である。
以上によれば、債権者の右行為を「服務規定等に違反した場合であって、その事案が重篤なとき」(就業規則四六条七号の懲戒解雇事由)に当たると認めることができず、他に債権者に懲戒解雇事由があることを疎明する資料はない。
そうすると、本件解雇は無効であり、債権者は債務者に対し雇用契約上の地位を有することの疎明があったと認められる。
二 保全の必要性について
疎明資料(<証拠略>)によれば、債権者は、無職の妻と二人の子(四歳と二歳)を扶養しており、債務者から支給される賃金のみを唯一の生計手段としているところ、住宅ローン年額約八五万円(月平均約七万円)の支出があること、債権者の平成四年の年収(賞与を含む。)は三一六万八五四四円であったが、平成五年三月賃上げが行われたこと、本件解雇により社会保険の適用を受けることができなくなると債権者の経済的な負担が増大することが一応認められる。
これらの事実及び相当期間が経過すると債権者の経済状況に変化が生じることもありうること並びに本件仮処分は暫定的な権利救済制度であること等を総合考慮すると、本件仮処分命令の申立ては、債権者が債務者に対し雇用契約上の地位にあることを仮に定めるとともに、平成五年八月から一年間、毎月末日限り、月額二五万円の割合による賃金の仮払いを受ける限度で必要性があるものというべきである。
三 よって、右保全の必要性が認められる限度で理由があるから、事案の内容に照らし保証を立てさせないでこれを認容し、その余は保全の必要性についての疎明がないからこれを却下することとし、主文のとおり決定する。
(裁判官 岸和田羊一)
<別紙> 当事者目録
債権者 原史郎
右債権者代理人弁護士 河西龍太郎
同 本多俊之
債務者 有限会社白石衛生社
右代表者代表取締役 原田巳ネ子